20121201/尼崎市公契約条例/勝島氏資料より
 
「なぜ公契約条例は必要か?」
― 公契約条例の制定状況をふまえて考える ―
 
公益社団法人神奈川県地方自治研究センター
主任研究員  勝島 行正   
はじめに
 自治体発注の建設工事や委託業務などに「従事する労働者」の賃金について、「下限額を設けている」いわゆる「公契約条例」は、2012年11月現在で6自治体(野田市、川崎市、相模原市、多摩市、国分寺市、渋谷区)で制定されて いる。また、神奈川県厚木市でも12月議会に条例案提案、2013年4月施行を めざして準備がされている。
 また、これとは別に公共調達にあたっての自治体の基本的な考え方を明らか にした「公共調達基本条例」もいくつかの自治体で制定されている。また、条例等によらず指針などで労働条項等を定めている自治体もある。
 ここでは、賃金・労働条項をもりこんだものをr公契約条例」として位置づけ、その内容と意義とは何か、また、今後、「公契約条例」がすべての自治体で制定されるために、必要な課題などについて考えてみたい。
1. 公契約条例とは一資料「4都市条例比較」参照
 (1) 公契約条例とは
【ポイント1】
 自治体が発注する一定額以上の建設工事や委託業務あるいは指定管理等に対してそれに従事する労働者の賃金(あるいは作業報酬額)について「下限額」を設けたものである。
 自治体によっては、市長部局だけでなく、事業部局あるいは自治体出資(一定割合以上)の法人が対象とするところもある。
【ポイント2】
 法律に基づくものではなく、すべて自治体の独自条例である。すべて同じ条文・内容ではなく自治体毎に違いがある。
※渋谷区は、建設工事のみ
 (2) 公契約条例の意義とは
【1】 公正競争・公正労働の実現
 「公契約を規律する条例や法律の重要な役割の一つは、公契約に従事する労働者の労働条件に『底』を設けて、この『底』を下回る労働を禁止することによって、事業者相互間での公正競争を実現させることである。したがって、労働者とその使用者たる事業者はウィン・ウィンの関係にある」(連合「公契約条例制定に関するQ&A7「公契約条例」は労働者のための条例化?」) →ILO第94号条約
@人件費が公契約に入札する企業間で競争の材料にされている現状を一掃するため、すべて
 の入札者に最低限、現地で定められている特定の基準を守ることを義務づける。
A公契約によって、賃金や労働条件に下方圧力がかかることのないよう、公契約に基準条項
 を確実に盛り込ませる。(連合作成)
【2】 自治体発注の仕事でワーキングプアをつくらない

 自治体の発注する仕事でワーキングプアをつくらない。
2009年に大阪市営交通が発注した、地下鉄清掃の委託労働者が、生活保護を申請して賃金と生活保護基準との差額分について認められた。「市は『最低賃金は守られており、入札方法を見直す考えはない』としている。(2009年6月24日読売新聞)」
参考:官製ワーキングプアについては、「『公契約条例」
の現状と課題を考える一公契率条例のさらなる前進に向けて」(北海道自治研究・勝島20U年4月)を参照下さい。

【3】 公共サービスの安全と質の確保
 自治体の責務は、市民の命と暮らしを守り、人間らしい生活を保障することにある。
そのためには、自治体は、公共サービスを提供しなければならない。公共サービス基本法は、その基本を定めた者であるが、公共サービスは「市民生活の基盤であり、権利であり、そこに従事する労働者の労働条件に配慮しなけれぱならない」とある。
こうしたことを通じて、市民生活の安全と質が確保されることとなる。
2. 現状をどうみるか― 6+1 の現状をどうみるか―
 (1) 現状は「東高西低」である
   2008年12月  尼崎市議会で議員有志が条例案を議会に提案
   2009年05月  尼崎市議会条例案を否決
   2009年09月  千葉県野田市で条例が成立
   2010年12月  神奈川県川崎市で条例が成立
   2011年12月  神奈川県相模原市・東京都多摩市で条例が成立
   2012年06月  東京都渋谷区・東京都国分寺市で条例が成立・
   2012年12月  ※神秦川県厦太市予宇
 (2) 都道府県は、慎重である。
 別添資料「東京国分寺市・東京都渋谷区で条例が成立一神奈川県厚木市でも条例準備はじまる― (「とちぎ地方自治と住民」2012年6月)」参照
3. 公契約条例に対する各界の懸念
 (1) 事業者の懸念
  ・価格競争が厳しい中で、最低制限価格が低いままでは、労働者の賃金だけをあげられ
   ない→入札制度改革が先
  ・報告書の提出については新たなコスト増。改善できないか。コストをみてくれないか
  ・労働者賃金を条例で規定するのではなく、使用者に任せてほしい
 (2) 行政の懸念
  ・既に入札・契約制度の改革にとりくんでおり、必要ない。
  ・公契約条例の導入は、新たな業務増にともなう人員増、指定管理者、非常勤公務員、
   公営企業、三セクヘの波及もあり、全体として事務が増え、賃金コストもあがる。
  ・行政効果が見込まれるか。
 (3) 労働者側の懸念
  ・賃金が「下限額」にはりついてしまうのではないか(委託労働者や指定管理になって
   いる労働者の心配)
4. 条例の制定に向けて―改めて条例のポイントを確認する
 (1) 条例づくりは「合意」がカギ
 【1】 自治体と受注者との「合意」
    この条例の根幹は、「発注者である自治体と受注者である事業者(元請)との契約
   によっている」ところにある。つまり、「契約自由の原則」もとで、「双方の合意」
   が前提である。
 【2】 市民との「合意」
    この条例を運用するにあたっては、これまでよりも契約額が上がることになる可能
   性がある。また、条例を運用するための経費、たとえば周知のための間接的な経費が
   若干かかる。また、自治体で働く非常勤職員などにも波及する。しかし、それによる
   効果の方が経費を上回ることを説明し、合意を得ることである。条例にする意義は、
   ここにもある、
 (2) 業界にも労働者にも市民にも行政にも「いい条例」
 【1】 事業者にも労働者にもよい条例
 心ある関係業者は、現状の競争状況とそれに伴う賃金の低下については、良しとしていない。優秀な労働者の確保・育成は、業界にとっても死活問題だからである。特に、建設労働者が大幅に減少している現状については、業界も行政も懸念を表明している。しかし、現段階では、有効な手を打てていない。ある研究者は「賃金を上げることにつきる」と明言している。
 【多摩市の例】
 多摩市条例は、多摩市自治基本条例に基づいて「条例審査会」が設置され、条例をめぐって「労・使代表、学識者として古川景一弁護士(全建総連、ゼンセン同盟顧問弁護士)」が「入札制度と市が発注する業務に従事する労働者の賃金をいかにするかについて話し合うという画期的な取り組みとなった(しかもすべて公開で)。
 そこでの話し合いによって、「公契約条例」をつくることに合意(それぞれの抱える問題にっいて双方が理解しあうことも含めて)が成立し、しかも、市の「契約制度」をめぐる問題点が明らかにされ、改めて条例に「市長及び受注者が相互に対等平等な関係にある」ことがうたわれた。→第8条
 【2】 市民にも行政にもよい条例
 公共サービス基本法では、公共サービスは市民生活の基盤であり、権利であるとされている。公共サービスを安心して安全に提供されることは人間らしい生活を維持する上で不可欠である。そのためには、提供する労働者の労働条件の確立がなくてはならないものである。
 公契約条例は、そうした基盤を形成するものである。
→自治体業務のアウトソーシング(外注化)による弊害としては、埼玉県のプール事故あるいは指定管理者制度のもとで起きた静岡県三ヶ日市のヨット事故などが指摘されている。また、公共工事の質に対する懸念もいわれている。
 (3) 人間らしい労働の実現は、自治体も企業も重要な目標である
 ILOは、入札にあたっては、「地域の標準的な賃金を上回らなければならない」、「賃金や労働条件を競争の条件としてはならない」とILO94号条約の意義を説明している。さらに、ILOは近年では「ディーセント`ワーク(人間らしい仕事)」という原則をおいている。ここには労働者がより人間らしく働くことができるような、包括的な取り組みが必要であると位置づけられている。
 公契約条例で地域最賃を上回る条件を設定することについて疑問の声があるが、現行の最低賃金では、最も高い東京の地域最賃で屯、年間2000時間働いても年収170万円にしかならない。自治体は、このことをふまえて、契約の相手側に法令遵守をいうに止まらず、貧困をなくし、よりより地域社会をつくり出すということが自治体の目的であり、実現すべき社会的価値であると位置づけるべきである。地域最賃を引き上げるということは自治体の権限外だが、発注者としての自治体の立場で可能な政策的な価値の実現をはかることは当然の責務というべきである。また、企業も地域社会を構成するパートナーとして特に税で行う仕事に関しては、積極的な協力が期待される。
→ILO中核的労働基準、企業の杜会的責任、ISO26000など労働が不可欠の課題であるとされ
 ている。
 (4) 持続可能な新しい「まちづくり」の発想が必要
 東日本大震災の現地の状況は、いまだ復興にほど遠い現状にあるといわれている。建設業界は、国などの復興予算が投資されているために潤っているといわれているが、地元の建設業者や労働者には及んでいないという、公共工事以外の産業、新たな仕事づくりなどは必ずしも順調にいっていないという。福祉や医療なども完全な回復にいたっていない。
 復興予算が無くなったときに、地域の経済はどうなっているか、人が戻らなければ、復興とはならない。
 いうまでもなく復旧・復興には働く場と住む家が必要である。同時にまちには福祉や医療はじめ公共サービスが不可欠である。
 持続可能な社会づくりとは、単に環境問題をさすのではなく、経済や雇用や福祉、労働といったトータルな視点がなくてはならない。
 公契約条例は、そうした仕組みの中の小さなツールである。しかし、被災地などでは急がれるべき重要な課題である。
 補強1 ―総合評価制度と公契約条例
 総合評価制度と公契約条例とは矛盾しない。いずれも追及すべきである。
 入札にあって、価格のみを唯一の基準とするのではなく、自治体が入札制度を通じて社会
 的価値を実現することに着目している点でそれぞれ意義がある。
 補強2 ―入札・契約制度の見直し
 競争万能、価格のみ入札の弊害がいわれ、様々な改革が進められているが、なお、不十分との声が多い。財政が厳しい中で、効率的な執行は不可欠だが、それだけでは限界ではないか。市民にも課題を明らかにする必要があると思う。
5. 運動課題
 (1) 合意形成のための努力
    この条例のポイントは合意形成にある。すべての関係者が本音で語れは致点はみえ
   る。そのために、あらゆる関係者が努力を惜しまない。「手柄」はみんなのもの。
 (2) 首長の決断が大きい
    しかし、これまでの実績からみると、やはり首長の決断によるところが大きい。
   条例をつくったら運用するのは、行政である。行政(この場合、契約担当課だけでな
   く)の努力が大きいことはいうまでもない。
 (3) 労働界の役割
    労働界も、建設現場、委託現場の実情を知ることであり、相互の課題を理解し合う
   ことが重要である。
   →労働界が関与しないと、市場のみが賃金を決定することになり、限りなく下がって
   いく。自らの労働条件を自分の足下はもちろん、地域に広げていく取り組みが重要。
   →均等待遇、地域最賃引き上げ、貧困問題など
 (4) 議会が接着剤になる
    議会の役割は、接着剤である。ねばり強く、関係者をつなぎ合わせることである。
   →合意形成の主役となるべきである。